新型コロナウイルスワクチン

2021年6月時点で日本で承認されているワクチンは、ファイザー社製(コミナティ)、モデルナ社製(COVID-19ワクチンモデルナ)、アストラゼネカ社製(バキスゼブリア)の3社製になります。

ファイザー社製(コミナティ)・モデルナ社製(COVID-19ワクチンモデルナ)

ファイザー社製、モデルナ社製はウイルスmRNA(メッセンジャーRNA:遺伝子の一種で細胞にタンパク質を作らせる設計図のようなもの)を脂質の膜(ヒトの細胞に取り込まれやすくするための容器)で包んだワクチンです。

今まで定期接種などで使用されていたワクチンは、ウイルス(や細菌)のタンパク質の断片を直接接種したり、病原性を落とした生きたウイルスを接種していました。その意味では全く新しいワクチンになります。

有効性はいずれも95%近くと、従来のワクチンに比べると非常に高いことが知られています。インフルエンザワクチンの有効性が50%程度と言われていますので、その高さは明らかです。
(有効性とは、100人に打ったら95人に効く、という意味ではありません。接種していないヒトの発病率を1にしたとき、接種したヒトの発病率が0.05になる、という意味です。具体的には非接種者が1000人の中で100人が発病する感染症では(発病率10%)、接種者1000人では5人が発症する(発病率0.5%)、とういことです。)

新しいワクチンということで、怖く感じる方も多いと思います。遺伝子を打つことから、ヒトの遺伝子に影響はないだろうか、生まれてくる子供に影響がないだろうか、など、心配はつきません。実際はどうでしょうか。

まず、今回使用されているmRNAは遺伝子の仲間ですが、私達の細胞の核にある遺伝子:DNAとは異なります。DNAの一部が酵素によって変化した物質がRNAで、通常はDNA→RNA→タンパク質という流れでタンパク質が作られ、人の体となっていきます。極めて特殊な環境下(HIVなどの特殊なウイルスが感染した時)でない限りRNA→DNAという流れは体の中では起こりません。つまり、いくらRNAを体に打ち込んでもDNAになることもなければ、DNAの中に入り込むこともありえないのです。(一度メレンゲになった卵の白身はもとには戻らないし、白身とも混ざらない、みたいな感じでしょうか)
今回のワクチンは、DNAの形を取らずRNAから始めることで安全を担保しているという言い方もできるかもしれません。

では、なぜ今までそのようなmRNA(RNAの中でもすぐにタンパク質の設計図となる断片のこと)ワクチンが無かったのでしょうか。それはRNAが非常に分解されやすい物質だからです。ヒトを始めとする動物や植物に感染するウイルスにはRNA自体を遺伝子としているものが多く(インフルエンザもそうです)、ヒトの体にはそのようなウイルスに対する防御機構として、RNA分解酵素というものが至るところに存在しています。むき出しのRNAは一瞬で分解されてしまうと考えて良いでしょう。(それを防ぐためにウイルスはRNAを色々な殻にくるんで保持しています)
つまり、不安定なRNAの有効性を保ちながらヒトの細胞に届ける技術が無かったのです。ファイザー社とモデルナ社はmRNAを脂質で包むことでこの問題を解決しました。
ヒトの細胞の表面は脂質でできているため脂質の膜がくっつきやすく、その結果細胞の中にmRNAが取り込まれるという構造です。そして、mRNAを受け取ったヒトの細胞は、先程の流れでmRNAを設計図として特定のタンパク質(この場合は新型コロナウイルスの表面を作る突起の一部だけ)を合成します(卵→メレンゲ→スフレみたいな感じです)。使用されたmRNAは酵素によって分解されます。
こうしてヒトの細胞で作られたウイルスタンパク質はその後、免疫細胞によってターゲットとされて、抗体が作られるという仕組みです。

もともと外部で合成されたタンパク質(B型肝炎ワクチンはこの方式です)やウイルスを砕いた断片、弱毒化した生きたウイルスを接種するワクチンに比べて、どうでしょうか。
すぐに溶けやすい設計図をもとに自分の細胞でタンパク質を作らせるシステムは、よくできているな、と単純に感心してしまいます。

アストラゼネカ社製(バキスゼブリア)

アストラゼネカ社製ワクチンは海外での若年者における血栓症の問題から、承認は降りたものの2021年6月現在接種を控える方針となっています。

アストラゼネカ社製の新規性は、ワクチンの運搬システムにあります。チンパンジーに感染するサルアデノウイルスの病原性を取り除いたウイルスに新型コロナウイルスDNAを組み込んだものをワクチンとして使用しています。
他の動物のウイルスをヒトに打つ、と聞くと驚きますが、随分前から研究では使われていた手法です。ウイルスの特徴の一つに宿主特異性(細胞指向性)というものがあります。世の中には星の数ほどのウイルスが存在しますが、やたらめったら色々な生物に感染するわけではありません。植物や昆虫、犬や猫、馬、クジラなど特定の生物にしか感染しないことが一般的で、ヒトにしか感染しないウイルスも沢山あります(ヘルペスウイルスが代表的です)。
このウイルスの特徴を利用して、特定の生き物の特定の細胞にしか感染しないウイルスを作ることもできます。
ウイルスをベクター(運び屋)として利用するためには大事な要件がいくつかあります。まずは当然、害がないこと。ウイルスの病原性(害)の多くは、細胞の中で増えてしまう(もともとのウイルスの特徴です)ことから起こります。つまり、感染はするけれど、増えないことが重要です。次に、感染して増えはしないけれど運んできた遺伝子(地図)からきちんとタンパク質を作ること。運んで終了では困ります。そこはウイルスとしての機能を発揮してもらわなければ困るわけです。
このような要件を満たすためには、もともとヒトに感染するウイルスからベクターを作るのは難しいかもしれません(当然増えるし害もあるのが普通なので)。

そこで目をつけられたのがサルアデノウイルス、だったと考えられます。
アデノウイルス自体は研究ではベクターとしてよく使われているウイルスで、遺伝子工学的な技術も既に確立しています(一番よく使われているウイルスベクターと言えるかもしれません)。その技術を利用し、更にもともとヒトに感染しないウイルスを利用することで、安全性を高めたということでしょう。
しかし、決して件数が多いわけではありませんが、血栓症という重大な副反応が出てしましました。アストラゼネカ社製のワクチンの最大のメリットは保管が圧倒的に容易いということです。
現在、保管が困難とはいえ、ファイザー社製、モデルナ社製で供給がどうにかなされている日本では、登場順位は下がってしまうかもしれません。

私感

定期接種には多くのワクチンが使用されていますが、今までそのような議論は殆どなされませんでした。今回のワクチンに限って色々な流言飛語があふれる状況は不思議ですが、やはり分からないものは怖い、ということだと思います。

予防接種は治療ではありません。新型コロナウイルスに感染していないのに事前に体に負担をかけることに納得のいかない方もいるでしょう。実際に決して多いとは言えませんが、副作用の報告も上がっています。まだ接種が始まってから数ヶ月のため、今後長期的な副作用が出ないという保証もありません。
しかし従来のワクチンと比べて圧倒的に優れているのも確かです。
もし、不確定な情報で判断を迷われている方がいらっしゃったら、是非正確な情報を手にしていただきたいなと思います。(記:清水昭宏)

以下、それぞれのワクチンに関する厚労省のサイトです。
ファイザー社製(コミナティ)
モデルナ社製(COVID-19ワクチンモデルナ)
アストラゼネカ社製(バキスゼブリア)

接種後に問題が生じた場合は、救済制度があります。
予防接種健康被害救済制度